数寄屋図解事典3

うすのおちゃや (臼の御茶屋)
福井市宝永町のもと松平家内養浩館に付属してあった御茶屋で、山田宗徧の指図と伝えられ、この露地に臼形の蹲踞を構えてあった。
席は八畳と次の間は十二畳の座敷に四畳半の待合をつけたもので、主室八畳の天井は水玉の鳥の子紙貼りであり、床脇には二重違棚を配してあったもので、この茶屋は明治の初年とりこわされた。

本書のうれしいのは、文献にしか残っていない数寄屋も紹介してくれるところ。水玉の天井とはなかなかクレイジーである。

養浩館は現在復元した建物が建っているようだが、どれぐらい元と同じかは不明。
ここにある:
http://www.history.museum.city.fukui.fukui.jp/yokokan/image/yoko06.jpg
臼形の蹲踞も、当時のものか似たものを作ったのかも不明。

でも一番判らないのは、宗徧と福井松平氏との関係である。
名家過ぎて宗徧を招聘するとも思えないのだが。

うらのめ(裏の目)
工匠の使用している指金の裏の目を「裏尺」「裏の矩」「斜め尺」などといい、この裏尺は表の一尺に対し、1×√2の長さに等しく、また1単位の正方形の対角線の長さに等しい。

私は先生が尺寸でものを言う場合があるので、尺貫法の曲尺の小さいのを持っている。でも裏の目の意味は知らなかった。
裏側で丸太の直径を計れば、どんな大きさの角材が取れるか判るってわけだ。なるほどなぁ。

曲尺の使用法については「規矩術」というのがあって、そっちではもっとさまざまなことができるらしい。面白い…。

うらくちゃしつ (有楽茶室)
奈良天理市依田邸内にあり、もと柳本の織田陣屋にあったものを昭和10年に移築したもので、利休好み四畳半の席と道安囲いの三畳席を隣接せしめた有楽好みと伝える茶席である。

こちらは全然情報がない。個人の持ち物で未だ所有しているが非公開なのか、それとも建て壊されたのか、どこかに移築されて名が変わっているのか…。

検索で引っかかるのは犬山ばかりなり、である。