2009-08-01から1ヶ月間の記事一覧

「おおかぜ」

9月の展覧会

関西は秋モード。でも東京近辺の寂しさは一体?根津が来月復活するのを楽しみに耐えるしか。関西は関西で、9月の連休に行くか、逸翁再開と東求堂公開の10月まで見送るか、行くタイミングが悩ましい。 東京 期間 タイトル 備考 五島美術館 -10/18 秋の優品展 …

「あんうんさる」

雅俗三昧2

"東西美術工藝談"で、逸翁は欧米の美術館を巡った思い出について書いている。 結局、日本の美術工藝の優秀なるものは、西洋には餘り行つて居らない。 日本に居る時には、日本の美術品の立派なものは、いつか知らぬ間に西洋人に持つて行かれたと聞かされて悲…

「がんこう」

雅俗三昧

小林一三/雅俗山荘/1946年。「新茶道」が戦後のエッセイであるのに対し、こっちは戦前に書き貯めたエッセイ。戦後の逸翁が過激な茶道改革論者なのに対し、戦前の逸翁はやや過激な茶道改革論者くらいに留まる気がする。"無茶な話"より: (前略) 通俗的に言へ…

「かわたれ」

あかげのあん

庵号といえば。“なにがし庵”と入力して“なにがしアン”と変換されてしまった。ふと思った。…赤毛の庵ってのはどうじゃろうか? でもアン・シャーリーは客にした方がウザそうだ。

「ほしづきよ」

今日不審

宗旦は、山田宗偏に今日庵と不審庵を譲ったと言う。でも、現在、表千家が今日庵。裏千家が不審庵を名乗っている。表千家のホームページより: 江岑宗左の紀州家出仕から間もない正保3年(1646)、宗旦は隠居し、家督を江岑に譲り不審菴を継がせました。 裏千…

「よふかし」

茶碗を拭う。

宗偏流のお点前の本より、濃茶のお点前。そのおしまいの部分。 そして、戻った茶碗をとり、常座に戻ってひざ前におき、つけ込み柄杓で湯をくんで茶碗に入れ、さらに水をくみ入れ、柄杓は引き柄杓で蓋へかけます。 右手で茶碗をとって左手に持ち、右の親指で…

「ちいさいあき」

茶の湯テキストブック 改訂版宗偏流

山田宗囲/主婦の友社/1977年。他流の本は、自流との違いを読み取って、他流の茶に招かれた時にびっくりしない為に読む。つまり、あらかじめ、今びっくりしておくのだ。 当流では、点前の前に喫茶の呪文を唱えます。若 飲 茶 時 当 願 衆 生 供 養 諸 仏 掃 …

「しょきはらい」

湯桶

古本屋に行くと、タイトルだけでなんか買いたくなる本がある。 「鮭 旅立ちから味覚まで」これは耐えきれず買ってしまった。 「大砲から大鵬まで」これは我慢している。 「風呂と湯のこぼれ話」これも我慢組。 …んで、風呂で思い出したのだが、漢字の読みで…

「あさぎり」

茶道と十字架

増淵宗一/角川書店/1996年。カトリックにはミサっていう儀式がある。血塗れのほぼマッパのおっさんが中央に吊されている空間で、そのおっさんの血と肉にみたてた食物をみんなで頂く、という謎儀式。…なんか邪教っぽくね?金の牛像とかあがめてるのとどうレベ…

「あさつゆ」

蒸らさぬご飯

一文字飯は、ご飯を蒸れぬうちに一文字によそって出すもの、らしい。これは「お客様の為に炊いたご飯が炊きあがりましたんで取り急ぎどうぞ」という意味だという。 客の席入りにタイミングを合わせて炊かないと「蒸れないうち」にならないから難しそう。そう…

「はやぶさのけん」たまぶりぶりが許されるんなら、ありの筈。

飯からか汁からか

懐石で、最初に箸をつけるのは飯からか汁からか、という事に関し、佐々木三味「お茶事」に以下の記述があった。 なお、初めの飯と汁とを、どちらを先に食べるかについては、それぞれ議論があり、流儀によっても相違している。 現に『風興集*1』でも昭和十一…

「なごしのはらえ」

箸が転がっても

立花大亀の「利休に帰れ いま茶の心を問う」。実はこの本を買ったのは、ぱらぱらめくって以下の文章に激突したから。 ところが、この懐石で、イヤなことが一つあります。 それは、普通は食事がすむと、箸を落して音を立て、その音で外の亭主にすんだことを知…

「あきのこえ」

利休に帰れ いま茶の心を問う その2

雰囲気はやわらかなのに、禅茶一如を禅僧の側から支持してくれる老僧の意見はとても厳しい。 野狐禅、あるいは口頭禅というものがありますが、これは口先だけの禅です。 禅には理論的な大系がありますから、口ではなんとでも言えますし、またそのほうが一般…

「すずかぜ」

利休に帰れ いま茶の心を問う

立花大亀/主婦の友社/1983年。禅坊主の語るお茶の本。立花大亀の本を読むとなんか和む。 禅の高僧は無理せずに生きてるなー、という感じを受けてしまうからだろう。ただ、この人の語る茶史は全然主流派な感じのしないむしろ珍説。利休が堺で切腹していたり、…

「かいせい」

茶道ふと思ふ記

千宗守/晃文社/1946年。出版年は戦後だが、原稿は戦前のもの。著者は愈好斎か。親子代々おんなじ名前襲名されるので判定大変だから、せめて何代とか書いてくんないものか。いわゆる茶道エッセイ。 和といふものはそのやうに大切なものでありますが、兎角それ…