2011-09-01から1ヶ月間の記事一覧

10月の展覧会

東京にやっとこさ秋が来ましたね。 東京では住友さんがかなり楽しみ。東京以外だと徳島城博物館が興味あるなぁ。 行けないだろうけど。 東京近郊 期間 タイトル 備考 三井記念美術館 -11/13 華麗なる京蒔絵 三井家と象彦漆器 ? 畠山記念館 10/8-12/18 茶人 …

小笠原諸禮大全3 濃茶の事

小笠原諸禮大全にある供応の様子は、本膳料理ではなく、懐石料理である。 汁かへようの事汁は盆にてかゆるなり かへたる汁には勝手にて外の蓋をして持出右の手にて蓋を取盆の傍に置両手にてさし出すべし これは懐石の汁替えだが、本膳料理ならこういう事はし…

小笠原諸禮大全2 真行草の礼

小笠原流…と自称する流派の真行草の礼。 左右の手をくみあはせ鼻の手につくほどに頭を下るなり 左右の手を組合せるんだ…鼻と手がつくぐらい平伏するんだ…。「裏千家茶の湯」あたりの真行草の礼とくらべると、とっても面白い。 この挿絵を見るかぎり、現代の…

小笠原諸禮大全

法橋玉山/1809年。 法橋玉山は絵本太閤記の挿絵を書いた人。今回挿絵は別の人…よくわかんねーな。 江戸時代、化政文化華やかなりし頃。将軍家の礼法指南として小笠原家がその任に当たった。当然流儀はお留め流になり、一般には流布しないはずだった。だが、…

光秀と鷺の絵

天王寺屋会記の宗及他会記の天正八年に、以下の注釈が有る。 南都逗留中 このとき、光秀は瀧川一益とともに大和検地奉行として奈良に下向、宗及は光秀に随行した。 実際、天正八年の宗及他会記には 同九月廿一日 於坂本、三宅弥平次 口切 (中略) 同九月廿六…

小壷狩り

信長は、堺の町衆から(一応有償で)名物を狩り集めた。まぁそれはいいだろう。 飛騨の大名、金森可重(宗和のパパ)は、領地で小壷狩りを行って出雲肩衝を手に入れた。これもまぁいいだろう。飛騨に金持ちがいなかったとは言えないしな。それを聞いた細川三斎も…

pungency

“午後の紅茶”の新しいコンセプト。それが“pungency”。抹茶道とは関係ないが、ながらく紅茶マニアだった者として一言云いたい。「なんじゃそれは?」と。 pungency。見慣れない単語だが、Yahooの辞書で検索する。 pn・gen・cy [名]1 (味・においなどの)刺激.2…

亂世と茶道5 連歌と茶道

鎌倉末期に宋より渡來し、南北朝時代を經過して、室町の中期にかけて流行した舶載の新興遊藝である闘茶が、この古來傳統の文藝であるところの連歌の影響を受けて次第に變貌したことは、當然の成行きであったといえよう。 かりに、闘茶渡來以前にわが國に歌合…

亂世と茶道4 仏教と茶事

まず、茶室の床の間は佛の存在を象徴する。 元來は佛像を安置すべきであるが、禪宗では偶像というものを無視する關係から、悟道に達した名僧の墨蹟を掛ける。 これは、珠光が大徳寺の一休和尚に参禪して、印加の證として授けられた圓悟禪師の墨蹟を掛幅とし…

亂世と茶道3 茶道のおこり

桑田先生の考える侘び茶のおこり。 このような書院かざりの座敷で茶事を催すには、床の間がある關係から、闘茶會の點茶法ではふさわしくない。そこで、佛事の献茶式用の臺子を用いてお茶をたてる。 臺子に茶器をかざる臺子かざりの方式も、能阿彌が工夫した…

亂世と茶道2 お茶の伝来

桑田先生は権威ある歴史学者だと思うのだが、時々変な事を書く。 お茶という飲み物は、もともと佛の教えの起こったインド、その教えがよく行われたビルマ地方に流行し、それが東へ東へとひろまり、南支那、北支那、朝鮮、日本へと傳わった。 茶は、いろんな…

お休み

なにがし庵です。 ちょいと旅行に出たらネット環境がアレだったので、月曜まで更新お休みします。

亂世と茶道

桑田忠親/平凡社/1957年。桑田忠親さんが書いた、乱世…すなわち戦国時代と茶の湯について書いた本。冒頭に書いてある茶道観は非常に素晴らしい。 人間がお茶を飲むということは、ちょっと考えると、水を飲む、お湯を飲むといったような本能的な行為をもう一…

箱と箱書き

茶杓は、慶長年代あたりまであんまり大事にされていなかったんじゃないか、という話を昨日書いた。 論拠の無い印象だけだけど。 でも。考えてみると、道具に箱を付ける、という行為自体、慶長年代あたりまであんまり盛んじゃなかったのかもとか思いはじめた…

名物召し置かれるゝの事

信長公記の永禄十二年の「名物召し置かれるゝの事」の項にこうある。 然而信長、金銀・米銭御不足なきの間、此の上は、唐物天下の名物召し置かるべきの由、御諚候て、先、上京大文字屋所持の一、初花。祐乗坊の一、ふじなすび。法王寺の一、竹さしやく。池上…

茶の哲学(陰陽造化の茶の湯)5 七日七夜の密業

この本には石州流不昧派の相伝儀式が書かれているのが珍しい。 五代目家元松平直敬による、田中千子(前章・石州流不昧派系統図参照)ならびに筆者に対しての「七日七夜の密業」が行われたのは昭和十六年晩春であった。 ここでいう密業とは、阿弥陀如来の神力…

茶の哲学(陰陽造化の茶の湯)4 亭主の茶席における粗相への対処法

この本一応、実用的な話も書いてある。特に失敗からのリカバーが書いてあるのはめずらしいかもしれない。 …でも、その方法はなんか迂遠な気がする。 茶が畳にこぼれてしまうことがある。 それは、茶を棗から移すとき、あるいは茶柄杓*1で茶碗をはたくときに…

茶の哲学(陰陽造化の茶の湯)3 天之岩戸開のこころ

この本、後半は哲学と言うかオカルトというか、ちょっとアレな感じになっていく。紹鴎侘びの文の「天下の侘の根元は、天照大御神」について。 この「岩戸開き」は、皇室の祖神・天照大神が素戔嗚尊等の暴状を怒り、天之岩戸に籠ってしまわれたことに端を発し…

茶の哲学(陰陽造化の茶の湯)2 リキウ

謎の第七代。樋口宗寛さんの利休観は、なかなか面白い。 幼い頃から茶を学び、十七歳で、能阿弥、空海の流れを汲む北向道陳──易庵と号した──に師事し、二年ほど正式に「書院式の茶」をおさめた。 宗易の易は、師の易庵のそれにあやかった。田中姓を改めて「…

茶の哲学(陰陽造化の茶の湯)

樋口宗寛/えらん舎/1990年。おどろおどろしいタイトル…。著者略歴にこうある。 石州流不昧派第七代家元 樋口宗寛 (中略) 茶道の師 石州流不昧派五代家元 松平直敬 んで、「石州流不昧派の系統図」の章にこうある。 五代 松平直敬(宗円)→六代 田中千子(宗真)→…

茶の湯に於ける中二病

昨日は、茶の湯と中二病の話だったが、今日は茶の湯の中二病のお話。つまり: 「茶の湯の道が、素人から老成していく道ならば、その途中に中二の頃があるのでは」 ってこと。では、どんな事をするのが茶の湯の中二なのだろうか? 小学生が中学に進む辺りで、…

中二病

こちらのコメントで: http://d.hatena.ne.jp/plusminusx3/20110825はなこさんに「壁に露を打ちたいのか?」と問われ、深く感じ入った。 花に露を打つのは花に露を打つ為だ。 壁に露が付くのは、花に露が打たれた余波に過ぎない。 されどなぜ濡れた土壁に心惹…

I confess

私はこっそり言う。 たとえば。余分な10万円があったら。 それで先生にお願いして特別なお稽古をしてもらったり、あるいは伝物の謝礼にしたり、ということができるかもしれない。 余分な10万円があったら。 がんばって探せば、なんかちょっと気の利いた道具…

泥中庵今昔陶話7 琉球旅の話

蔵六は沖縄へも行っている。そこで蔵六が発見したのは、南蛮縄簾などの陶片。 次に又、那覇は南蠻の字ちがひかも知れぬ。 石獅子(湧田)の地を掘ると南蠻燒の破片が出土する。 かの縄簾はあまり古くはない。 そして南蛮物の産地を沖縄と推定する。しかし。 壷…

泥中庵今昔陶話6 仁清の生地生時

仁清の出生地について。茶道辞典には、野々村仁清は丹波野々村出身の、丹波焼の清右衛門が仁和寺に来て京焼を…みたいな話が書いてある。しかし。 仁清の生れは不明であるが明治十五年ごろ、陶家の内にて有力家の四五人が談合して山城大和近江丹波の地圖をし…

泥中庵今昔陶話5 旭亭と祥瑞の偽物

偽物師、という偽物メインに作っている職人のお話。 其の頃には旭亭と私方は隣同志であつたから、お互に遊びに行つたり來たりしてたので、旭亭の作り方を私もよく知つてゐるが、古染附おの煎茶碗を偽製するのは旭亭が日本一といつてもよい。 祥瑞の偽物の名…

泥中庵今昔陶話4 備前と頴川の偽物

古備前と頴川赤絵にも偽物があるよ、という話の最後に以下の記述がある。 支那焼物、朝鮮焼物を好む諸士は茶人的に不潔物を考へねばならぬ。 茶人だとて時によりて朝鮮の痰吐きを水指に用いた事もある。 花生に似て、酒壜形にて背の低い横長い品であれば溲瓶…

9月の展覧会

茶道具の秋が来ました。 …でも東京はちょっと寂しいかな。ただ私的には根津は必須。日本刀が見れて茶道具が見れるなんて素敵やん。なお北村美術館は不明。裏が取れなかった。 →Akatsukiさんに情報を頂いたので更新しました。 東京近郊 期間 タイトル 備考 三…