2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧

11月の展覧会

先月と注目点は変わらず(当然だが)。正直、正木が気になるのだが、場所が遠くてなかなか行く気になれないな。 東京近郊 期間 タイトル 備考 五島美術館 -11/18 時代の美 奈良・平安編 五島美術館 11/23-12/24 時代の美 鎌倉・室町編 畠山記念館 -12/16 利休…

茶道と香道7 水を選ぶ事

昔より山城國宇治川に架たる宇治橋の中之間(三ノ間といふ)より其下を流るゝ水を汲て朝庭の御茶の水に供せられし事古書に見えたり 本書では、No.1名水を何故か宇治川三之間の水に求めている。…しかし宇治川の水を朝廷が茶の湯に使った、という古書ってどれよ…

茶道と香道6 帛紗挟み

近來は何方にゆくにも男子は折鞄女は信玄袋を携ふ かゝる物を茶室中へ迄持込も異ナ物なれど中に必要品を入あらば持て入るとも背後の尤もめだゝぬ處に置べし 成可ば茶事に必用の紙と帛だけを取出し懐中して袋は待合袴着等に留めをくをよしとす 明治末年頃も、…

茶道と香道5 茶道の心得

茶道の心得の章から面白いトコをちょちょっとつまむ。 又我より先に客ある時は一寸目禮して其前を通り進み床前より次々見通り(後略) まぁ客入りの文章としては普通ですが、その注釈がちょと面白い。 前を通るを失敬なる如く思ふは禮を知らぬ人也 後に通るべ…

茶道と香道4 茶道の徳

「茶の湯の徳」に関してはいろいろな本で読むわけですが。 一 猥雑を避け其意志を高尚風雅ならしめ人と交はるに遜譲の禮を知り物毎に過不及なく適度にかなふは斯道の特色なり 一 器物の取扱ひ法を知る故に手足の誤ちなく又物品の善惡意匠の奈何等を知る事茶…

茶道と香道3 三千家の歴史2

んで明治以降の千家。 維新の大變革に萬事廢せられてかゝる事ども一才昔の夢と覺めては又當年の面影もなく次第に究して為方なき儘に座敷數寄屋を人に貸して家族は臺處と便室に蟄居し主人は地方の豪家を渡りて出稼し先代の未亡人は土手町の女學校に出て食禮教…

茶道と香道2 三千家の歴史1

江戸時代の千家に関して。 三千家とは皆利休の血統にして代々京都小川通寺之内下町に住居し表裏相並べり武者小路は住居するは末家にて三家同姓なれど單に千家と稱するは表に限り他は裏千家武者小路といふ いづれも諸候より録を賜はり世襲して頗る饒なり 江戸…

茶道と香道

水原翠香/博文館/1912年(初版明治41年)。明治末〜大正頃の家庭百科全書第5編…つまり女性向けの一般書。 当時の茶の湯理解が判って面白い。 其頃南都星明寺の珠光といへる僧あり 昔は漢字の当て方は結構適当だった。でも称名寺を星明寺と書かれると厨二心がふ…

脛ガード

正座した時の辛さを、「足が痺れた」という。 だが実際にはそんな単純なものではない。正座した時の辛さには、大体以下の5つがあると思っている。 膝裏動脈の圧迫による下肢の血行不全 膝関節の過屈折による骨、軟骨の痛み 膝周辺の筋肉の過伸展(オーバース…

實用茶道讀本8 茶人の種々相

總體に茶人には、極めて厳格な人々が多いやうに見受けます。 何も最初から厳格な人ばかりが茶道に親しむと云ふ譯でもありますまいが、どう云ふものか融通のきかない一徹な、きかぬ氣性の人の多いことは事實のやうであります。 著者は、茶人はどうしてかかた…

實用茶道讀本7 有楽と織部

茶史で適当過ぎる二名の記述を。 織田有楽齋は織田信長の七男でありまして利休門での長者でありました。 有楽斎こと織田源五郎長益は信長の弟である。信長の七男はスケートの人が先祖と称している織田信高。全然別人である。 しかも利休門ではなかろう。 古…

實用茶道讀本6 少庵と剣仲

利休の衣鉢を継承しましたものは千少庵と藪内剣仲であります。 利休には千道安と云ふ長子がありましたが不具の為めに早世いたしました。 よつて後妻宗音の連れ子少庵に世を譲っております。 昭和30年代に道安/少庵への研究が進むまで、南坊録の記述の為に「…

實用茶道讀本5 紹鴎時代

紹鴎は俗名を(略)紹鴎時代に到つて漸やく茶の効用が注意されるやうになりました。 栄西涙目。 (略) 紹鴎門の重なる人々を舉げて見ますれば左記の通りであります。武野宗瓦 瀧新左衛門 佐久間信盛 辻玄哉 佐久間正勝 三好實休 (略) 千利休 前田玄以 長谷川宗…

實用茶道讀本4 珠光門

珠光の門と稱すべき人々を舉げて見ますれば次の通りでありますが、或はその中には友人と見るべき人もあるかもしれません。足利義政 篠道耳 足利義輝 牡丹花肖柏 鍛冶輿五郎 古市播磨 宗陳 松本珠報 十四家宗悟 石黒道提 以天宗清 粟田口善法 津田宗達 珠徳 …

實用茶道讀本3 茶道史 古代

茶の最も古い歴史は欽明天皇の御世頃でありますから、約壹千三百七八十年の大昔のことであります。 當時にありましては、専ら利茶と闘茶をこととして樂しんでをつたものらしく、利茶と申しますのは、三種茶とか六種茶とか或は十服茶二十服茶とかの、茶名を利…

太鼓張障子の取っ手

太鼓張障子を作って判った事。 太鼓張障子の取っ手の深さは、桟の深さである。5mmくらいしかない普通の障子を太鼓張りすると、取っ手として機能しないだろう。今回は15mm角の棒を使って桟を組んだが、桟としては太過ぎ、取っ手としてはやや浅い。次に作るな…

實用茶道讀本2 臺子

台子の歴史について。 初代将軍足利尊氏の時代に天龍寺の夢窓國師が宋より臺子を齎してをりましたのが、いつしか大徳寺の襲ふところとなりまして、八代将軍足利義政の時代に南都稱名寺の珠光をして其の臺子を使用せしめ、抹茶の製法、點茶の規矩を本格的に創…

實用茶道讀本

木下桂風/三笠書房/1936年。「編纂の趣意」より。 本書は、茶道を知らない人の為めに、これから茶の湯を習つてみようと思ふ人の為めに、教科書と云ふ意味で書いたのであります。したがつて、點前とか、規矩とかの手續や手順については、各地にそれ/”\教職…

太鼓張障子

我が家唯一の和室を、無理矢理茶室にしている。間取り図上は「6畳間」という事になっているが、京畳2枚しか敷けない。インチキインチキ。 さて、その茶室にしている部屋の押入は、開き戸の襖になっている。元からあった畳の上に、京畳2枚を敷いたものだから…

日本喫茶世界の成立5 現代−新しい喫茶世界

本書は一貫し、歴史に残らなかった喫茶文化…ローカルに生成され消費された煮だし番茶の世界を語っている。終章は、現代に至るまでにどうやってその喫茶が滅んだのかを描く。 結論から言うと、開国後輸出品として増産された緑茶(煎茶)が、海外市場で締め出し…

日本喫茶世界の成立4 抹茶の法と煎茶の法

第3章は抹茶と煎茶について。つまり利休だとか売茶翁の話。ここまで外史的な茶文化を語って来た著者だが、一見トーンダウンした様な印象になる。 茶における珠光の趣旨は、今日風に言えば、茶において人はみな同等であらねばならぬということであったように…

日本喫茶世界の成立3 さまざまな茶と喫茶法

第3章は、日本の庶民文化に残る喫茶法について。ここでは様々な製茶法や飲用・食用方法が語られている。 [バタバタ茶(糸魚川)](点て茶) 新潟県糸魚川のタテ茶(バタバタ茶)は、相馬御風の「タテ茶の風習」によると、番茶を煮出して天目風の茶碗に汲み、少量…

日本喫茶世界の成立2 弘仁の茶と鎌倉の茶

第2章は日本後記の弘仁6年にある茶の記述と鎌倉時代の茶。 弘仁六年(815年)に僧永忠が嵯峨天皇に献茶した記述が有る。 それだけでなく、以下の記述も。 弘仁六年六月三日、畿内ならびに近江、丹波、播磨などの国に茶を殖え、毎年これを献ぜしむ 中国から招来…

日本喫茶世界の成立

山田新市/ラ・テール出版局/1998年。茶の湯に関する研究本。ラ・テール出版局という事はつまり自費出版か。でも意外に面白い。 「序章 先行する風景」では、唐から茶の木が伝来する以前!の茶について。簡単に言うと: だが日本の茶と喫茶の歴史は、中国との…

清昌堂やました

東京、市ヶ谷に「清昌堂やました」の東京店がある。立地は裏千家東京道場の斜め前。 …小学校裏のファンシー文具店みたいなお店である。 裏千家東京道場前は、早朝から荷物を抱えた着物の方々が闊歩していて、ほとんど毎日なんらかの稽古か茶事かが行われてい…

絵巻切断7 中務の章

高度経済成長が過去のものとなるにつれ、三十六歌仙をめぐる世界にも新しい現象が目立ってきた。 歌仙図の持ち主が、個人から法人へと変り始めたのである。 企業の持つ歌仙図に対する本章。 もちろん企業とは美術館の場合も有る。しかしそれは一概に歓迎でき…

絵巻切断6 家持の章

五島さんや出光さん等、戦後の大金持ちを描いた章。松下幸之助へのインタビューが凄い。絵巻に関しては金の事等考えず、勧められたから買ったと言う。 「こういうものは、僕らには値打ちはわからへん。ハハハ…。三十六歌仙、聞いとったからな、一幅手に入っ…

絵巻切断5 貫之の章

戦後の新興宗教?に引き取られて行く絵巻達。 終戦直後の三十六歌仙の動きをたどっていくと、意外な所蔵者が浮かび上がってくる。 (中略) こうした新興宗教の一つに「世界メシア教」、後の「世界救世教」がある。 その教祖「お光様」こと岡田茂吉が、三十六…

絵巻切断4 信明の章

絵巻追跡の難しさを語る本章。 住友家や野村美術館など、判りやすい所から攻め始めたNHK。 しかし、探索の手はすぐに頓挫する。 「三十六歌仙を追跡したいですって…!?いくらNHKさんでも、そりゃちょっと難しいんじゃないですか?」 話を切り出した途端、一…

絵巻切断3 鈍翁の章

孫の洋画家益田義信の語る戦後の財閥解体。 「相当な額になったでしょうね、税金も」 「財産の九割だったか、いや九割かどうかはっきりしません。(中略)やっぱりうちの親父なんか、預金通帳がどんどん減っていくのが寂しかったんでしょう。それはたいへんな…