筒井紘一の「茶人の逸話」には、宗旦に言われて喜多七太夫が長袴の茶の湯を工夫した、というエピソードがある。
この話、昔は「袴と長袴でどないな違いがあるいうねん。座る時にちょっと邪魔なだけやないか」とか思っていたのだが、当時の茶道が片膝立てであったとすれば、これはえらい違いである。
長袴で片膝立てるには、相当裾を引っ張って前に持って来ないといけないし、その状態から立ち上がってターンするのも大変だ。
具体的にはどういうお点前だったのだろう?喜多家には伝わっていなかったのかな?
…しかし、このエピソードの初出は一体どこなんだろう?引用元ぐらい書いて欲しいよ。