侘び茶

和泉草「三十六、侘の格、十六ヶ条」より。

侘び茶関連の注意事項がいろいろならんでいるのだが;

一、客俄ニ多クナリ、座敷詰リタラバ、床ヘ片膝上テモ不苦ト利休云シ也

なんてのがあったりする。いくらなんでもそりゃないんじゃないの?


ま、こんなのばっかじゃなく、「侘びって何?」って事も語られていて面白い。

しかし:

一、昔ハ富者貴人モ侘タル茶湯執心ナレバ、目ヲカケテ同座シテ呼ビツ呼レツ隔ナカリシ也。近代は貧者不肖ノ人ハ、茶湯執心有ル共不寄、誠ニ道ニ欠タル風情也。

昔のお金持ちは貧乏人を呼んであげて偉かったが、最近の貧乏人は来ないね…ってもしかして責任転嫁してる?

続く文は:

一、当時ハ茶湯初心ニテモ、富貴ニシテ名物所持スレバ功者ノ様ニ用ル也。功者同学アレ共一種モ不持、貧践者ハ人数ニセズ、無念ノ至也。

昔はとにかく名物道具持ちが偉かった、という事。
なんか前の文と矛盾している様な気もする。


とりあえず和泉草の時代には、金持ちの茶と、貧者の茶は乖離していた、というのは良く判った。また、名物を持たない茶人、というのも成立していた事も判る。

ここから導ける事は、和泉草の作者の考える昔の茶というものは金持ちの茶であり、金持ちの慈悲で貧者も混ぜてもらっていた、という事になるのかな?