古事類苑21 苔蟲た手水鉢

閑田耕筆より:

一人茶を翫びて、苔むしたる石の盥水盤を愛し、今參の男に水かへさせけるが、彼苔を殘りなく洗ひ捨つるにおどろきて、
かくはするものかとむづかりしにこたへて、さきに見侍れば、蚯蚓蜒蚰蝸牛やうの虫、苔をよすがに宿りしかば、口をも嗽ぎ給ふものをと思ひて、能清め侍りしといふ、
あるじこヽにして思惟すらく、彼がいふはことわりにして、吾古びを好むは僻めりと、これより古器の潔よからぬをさとりて、つひに茶事を廢せり、

苔むした手水鉢を愛した男がいた。
新しい使用人に水を替えさせたら、苔をきれいに洗い落としてしまった。
ぶちきれそうになっていると男が答えて曰く「いやーさっき見たらミミズナメクジカタツムリの巣になっていたので、口をすすぐものなのにと思いまして、綺麗さっぱり掃除しちゃいました」
それはそれで理屈なので、うーん、古いのが好きってのも偏った趣味だよね、と思いこんだら古い道具の汚さが目に付くようになっちゃって、男は結局お茶事をやめてしまった。

…って事か。


自分の道具を「汚い」と思ったら、綺麗な道具でお茶をすればいいじゃん、という気もするが、お茶は招いたら招かれるものだ。自分一人の事ではないので、「やめる」という選択肢しか残ってなかったんだろうな。