古事類苑26 貴人

大海のはしより:

明暦のみかど、茶の湯の數寄せさせたまひけるに、井戸といふ茶碗をえさせ給ひて、二なくひめさせ給ふ、
ある時は、うへの人びとに御茶をたまはせけるに、勸修寺の入道大納言參られける時、
此井戸にて御茶給ひけるに、入道井戸の茶碗と申すものこそ、名には承りて、いまだ見ず候へ、給はりて巨々見侍らばやと奏せられければ給はりけり、
入道茶わんを持ちて、かうらんにのぞきつヽ見給ふほどに、とり落して御前栽のよしある岩のかどにあたりくだけにけり、
帝いみじうをしませ給ふ御氣色なれば、うちかしこまりて、まことはあやまちてと
り落し候ひつれど、よくおそつかうまつりて候へ、井戸の茶碗は古きものにて、其
かみいくらの人の手にふれけんも志らねば、けがらはしきえせ物にてぞ侍る、
おほやけの御調度となさせ給ふべきものにも候はねば、くだけうせぬるこそ、
まことにめでたく候へとて、まかり出でられけり、帝もしかることヽや思しめしけん、
御氣色なほらせ給ひけり、

天皇が茶道をしていて、井戸茶碗を秘蔵していた。ある入道が是非とせがんだので見せて上げたが、入道は茶碗を割ってしまった。
天皇の機嫌は悪化したが、入道は「井戸なんていろんな人の手が触れたものですぜ、朝廷にはふさわしくないですぜ、むしろ割れてめでたいくらいなもんですよ」とか言ったら天皇もじゃぁしかたないなと機嫌を直した。

くらいか感じ?…って直るか!

貴人に茶を出す時は新しく清潔な道具にしなきゃならん…っていうしばりは、いろんな茶書に顔を出す。
でも、だからって自分が好きで入手する茶碗までそんなものでなきゃならんわけでもなかろうに。
こういう感覚に支配されにゃならんとすれば、貴人ってのも可哀想な存在だよね。