古作 茶の湯釜

細見古香庵/徳間書店/1964年。

細見古香庵は細見美術館のコレクションの元になった人。


茶の湯の釜」の長野垤志とも交流して書いた本の様。
http://d.hatena.ne.jp/plusminusx3/20091030

長野垤志が徹底したフィールドワークをしていたのに対し、細見古香庵は茶人として自他の膨大なコレクションを見比べまくって鑑定を学んだ、というのが違いなのかもしれない。


ま、個人的には「いい物だから本物」という理屈は、いまいちどこかしっくりこないのですが。


細見古香庵は「古作は尾垂れ釜の方が上作」と言います。

釜は鉄の鋳物ですから、年月によって錆腐るのが当然であります。
(中略)
下作釜ならば、底が抜ければ飴と替えるか、薮行きの外はないのです。
それが有名な伝来の上作であればこそ、底を何度も何度も入れ替えて今日まで大切に保存されて来たことになります。

なるほどねぇ。


巻末の一問一答も面白い。

辻与次郎は天下一の号があつたのに技術はそうよくなかつたのですか。

答 その時代は名声が高かったのです。
(中略)
重要文化財の九口の釜全部は、無名作家で「名を残したい」なぞ思う作品になると技術は駄目なものになってくるのです。


中でも傑作はコレ。

ニセモノが世の中にずいぶんあると承りますが、どんなことをして欺すのですか?

答 ニセモノと云うのは、現在、又は明治以降に造った釜を古く見せるために、わざと焼いたり、底を入替たり、故意に傷をさせたりして古く見せかけます。
これに堂々一流の釜師の箱書も完成してあるのも出来ていますが、これを知友の間でも、イケナイと指摘して云うと御機嫌がわるいので困ります。世渡りはむつかしいです。

ああ。釜に一家言ある茶人として、招かれたら一言言わずには終われんのだろうなぁ。因果なものよ。