市場

大正時代、いろんな茶道具が市場に出回り、いいものは値が上がっていった。しかし、一般茶人が茶をやるにも道具は潤沢にあり、安かった…と佐々木三味は言っている。

茶は盛んで、道具は買いやすく、買えない道具も頻繁な入札会で拝見でき、場合によってはいい道具を有名茶人の所で拝見できた時代だったようだ。


誰もがチマナコになって、よりいい道具に買い替えていった時代。

「くさりがま」を売った半金を当てに「てつのやり」を購入するようなやりくりがされていた時代だったんじゃないかと思う。


そして時は経ち、現代。

高価になっていった「質のよい」道具達は、市場に戻って来ることもなく、美術館に納まったり戦争で破壊されたりした。

美術館で見れるといえば見れるのだが…でもそれって生きた道具ではないよね。

税務署がうるさくなったので入札会型式は廃れてしまった。
僕等でも買える道具も減ってしまった。

こんな感じかな?

矢印が市場に出る範囲である。

「今はお金ないけど、いつかは唐物」みたいな夢を持てた時代だったんだろうなぁ。
昔を知る茶人達が大正時代を懐かしむのは良く判るわ。

しかしなんですな。本当にいい道具は、売買されざる商品となってしまった。
そういう意味でパラオのウドウドなんかと同じ様な物になってしまった様な気がします。