槐記19 菓子の茶

享保十五年三月二十二日:

仰ニ、是ハ常修院殿ノ直ニ御物語ニテ御聞ナサレシコトナリ、
其節飯後ノ茶ト云フ名目流行シタリト見ユ、
飯後ノ茶ト申スモ、菓子ノ茶ト云モ、易ルコトナシ、菓子ノ茶ノコトナリ、
飯ハ食ベテ參ルベシ、茶ヲ御振舞候ヘト申シ遣スカ、
他處ヘ茶ヲ行キタル歸ルサニ、一服食ベタシナド云ヒ送ル是ナリ、
去ニヨリテ、菓子ニテ茶ヲ振舞フコト、常ノ通リヨリ外ニ變リタルコトノアルベキヤウナシ、
中立ヲスルトセヌトハ、菓子ニ差別アリ、
亭主ヨリモ、立タスルヤウニ仕掛テユケバ、立タザレバナラズ、尤モ立ガ好シ、
立タヌヤウニスレバ、立タヌガ好シ、
同ジ菓子ニテモ、シカトシタル物ニテ、スヽリ團子トカ、善哉餅トカ、出ルヤウナレバ、亭主モ立タセルヤウニスルガ好シ、客モ立ツガ好シ、
又各別輕キ物ニテ、ハシヤギモノナド出ルヤウナレバ、亭主カラモ立タセヌヤウニスルガ好シ、
客モ其氣ヲ承テ、立タヌガ好シ、是ハ一概ナラズ、

常修院殿から聞いたことだが、その頃は飯後の茶というのが流行していた。
飯の茶とか菓子の茶とかいうが、変わりはない。
「飯は食べて行くのでお茶飲ませて下さい」とお願いするか、「他の茶の帰りによるので一服させて下さい」と伝えておくこと。
菓子でお茶を振る舞うことはいつもどおり。
ただ中立するかしないかは菓子による。
亭主から立つように仕向ければ客は立った方がいい。立たないように仕向ければ立たなくていい。
同じ菓子でも重いもの、すすり団子とか善哉とかは亭主は中立させるようにした方がいいし、客も立った方がいい。
軽い煎餅みたいなものでは立たせない方がいい。客も空気を読んで立たない方がいい。
一般化できないけどね。

ぐらい?


この時代飯後の茶は廃れていたのだろうか?

飯後の茶といえば飛来一閑を思い浮かべる。

常修院慈胤法親王は1617年生1700年に死去。この時点から30年前に当たる。
一閑の没年が1657年。
近衛さんが相当若い頃に聞いた話で、常修院の昔語りであるならば、1650年代の流行だったのかもしれない。


私は「飯後の茶をやるので来て下さい」みたいなものを考えていたが、ここではあくまでも客が乞うものとして定義されている。
そりゃまぁそうか。亭主側が「十分な懐石は出せませんよ」というのも変といえば変。


菓子により中立するかしないか変わる、というのも知らなかった。
菓子の茶は中立はしないものと考えていた。


すすり団子というのは群馬のすすり団子だろうか?であれば雑穀の善哉の様なものである。
もしかすると善哉みたいな食器を使う菓子は中立が必要という事なのだろうか?
実用性で考えたら「手がべたべたするかどうか」が重要なのだと思う。
実際、善哉食べると手がべとっとする事はないわけではないが…。それは私の食べ方が下手なだけ?