へそ茶13 火攻めの茶會

若井兼三郎翁根岸御隠田に別宅の出來上りたる秋の末つ方、當時隣家なりし益田無爲庵の別荘より上野の山に掛けて、紅葉の見事なるを御馳走にせんとするが、

若井兼三郎は明治の道具商。道具商というと単なる骨董屋みたいだが、そういう域ではなく、むしろ海外向け商社機能というか、なんとも表現しにくいポジションの人。

んで彼が上野の山の紅葉を馳走に茶会をした話。

第一の趣向にて連日茶客を招待しけるが、夜に入り庭前に篝を焚き、火影に紅葉を見せんとて石油壷を處々に置き松明代りに火を點じたる其夜は、生憎風立ちて油は颯々と燃盡し、火影の忽ち暗くなるを若井翁は頻に残念がりて、うえきやを叱り飛し夫れ彼處の火を消えた、此處も影が薄くなつたと客の方よりも篝火に心を奪はれて、禿頭より火焔の出でん許りに焦立ちながら指圖し居る中、

夜に篝火代りに石油壷をぼうぼう燃やしたが、あいにく風が強く火は簡単に燃えつきてしまう。主人は残念がって「そこが消えた」「ここが消えそう」と客より篝火の方に意識が向いてしまった。

上野の山より吹下す風凄じく、茶客は驚いて窓外を覗くに、飛び火は早くも柴垣に移りて将に茶室に及ばんとする勢なるより、火攻めの夜討ちは剣呑千萬と氣の弱き連中は、早や逃仕度に取掛る、

しかし上野から吹き下ろす風は柴垣に引火。茶室にも火が届こうとしていた。気の弱い客は逃げ支度を開始。

近傍にては小火と間違ひ逸早く門外に駆け附けて、垣根の外よりワア/\と云ふ其騒動一方ならず、頓て石油も燃え切りて目出度く鎭火になりたるは宜かりしが、油煙は何時の間にか茶室内に飛入りて茶客の鼻の穴まで燻ぼり、一同黒くなりたるこそ笑止なれ、

近所ではボヤと思って近所の人が応援に駆けつける始末。

しばらくして石油も燃えつき鎮火したが、油煙は茶室に入って一同真っ黒になった。


…。

あー、なんだー。あのですな、火攻めはまぁしないのでいいです。
でも亭主が趣向の為に客そっちのけになっちゃ駄目ですな。

その辺が教訓と言えなくもないって事で。