奈良大和路茶の湯逍遙3 西大寺の大茶盛

平城宮跡に近い真言律宗総本山西大寺は、鎌倉時代の抹茶の飲み方を今に伝える大茶盛の行事で知られている。
すなわち、毎年一月十五日、巨大な茶碗に点てられた茶を数人で飲み回す茶の会である。
(根拠部分略)
やはりこうした大茶碗による茶の飲み回しが叡尊の時代から行われていたのだろう。

よくニュースで見る奴ですな。

大きい茶碗で廻し飲み、という、文化が奈良には鎌倉時代からあった、と。

同じ奈良で、天正14年に松屋さんがスイ茶を体験した時、この大茶盛が頭をよぎらなかっただろうか?あるいは、大茶盛がスイ茶と呼ばれたことはなかったろうか?

今は直径三十六センチもある地元の赤膚焼の大茶碗を使うが、もちろん当初はそれほど大きくはなかったはずだ。
また、今は大きな台子に風炉釜・水指を飾り、大きな棗と茶杓茶筅を使った点前も行われるが、これももちろん鎌倉時代にはなかった。
近代になっての工夫だが、それにしても巨大な道具を使いながらきれいな点前ができるものだと感心する。
その茶もふつうに点っていて、おいしくいただける。
それもそのはずで、この点前は、一時期は奈良に住んで裏千家の茶を広めていた十二代又(玄+少)斎の指導によるものだった。

お点前がyoutubeにあった。

https://www.youtube.com/watch?v=qSoAFPbc6T4

思いの他お湯の量が少ないのが判る。お茶碗の大きさは外連味か。

…ま、なみなみしちゃったらもちあがらねーか。


水指の蓋を開けて、でもそれを無視して湯を汲むのがいかにも千家風。
しかし十二代、山崎で隠居するだけのダメ人間じゃなかったんですなぁ。