茶と禅5 掛物の禅語

本書の後半は、禅語の解説である。

現今、日本家屋にある床の間は、禅宗の書院建築の床の間から工夫されたもので、むかしは仏画の掛物を用い、その前に香炉と花瓶を置いて、花をたて、香をたいたものである。
そうしたことから、茶道においても床の間を置き、それが茶室の中心をなしている。
(略)
この圜悟禅師のような高僧の墨跡を床の間に掛けるというのは、この高僧の前で
恭敬して茶を喫する気持ちそのものである。
(略)

うーん。書院建築がシノワから来ているのは確かだろうけど、禅宗と言い切るのはいかがか?
特に、仏画を下げていたかはかなりあやしい。初期茶道では唐絵を掛けていたからだ。

んで本題。

しかし禅語は禅宗のお悟りの句であって、その句、その句に、祖師の全生命が打ち込まれているから、それをここで簡単に説明することは、むずかしいことである。
すなわち、その語句が、その祖師の全生命である。
(略)
こうした意味において、ほんとうのことは説明の範囲のものではないが、いまは文字の上でなりとも、それを、どう見るか、一応、読者の前に筆をとり、自分の考えを述べることにする。

まじめに考えるとそうなるよね。
じゃあやめとけよ…とか思うが、まぁ抑制は効いているのか…。