数寄屋の思考2

[読書]数寄屋の思考2

ちょっと昔に読んだ本「数寄屋の思考」。
http://d.hatena.ne.jp/plusminusx3/20100911

「作られた桂離宮神話」を読んだおかげで、この本の序文がやっと読めるようになった。

数寄屋は、現在、私たちのまわりに、活きて、しかも変貌を遂げつつある唯一の歴史的建築様式である。
これは他の歴史的様式と違う。歴史的様式といえばふつうはいわば結晶したかのようなかたちで保存され、ときどき復活されるものである。
数寄屋はこれとは意味あいの異った現実的な生き方をしている。
(略)
こういうふうな活きた様式は今日私たちのまわりには見当たらない。
(略)
この秘訣は数寄屋がただ昔のままつづいてきたわけではないということにある。

数寄屋は、日本家屋の和室として、現代にまで様式を伝えて来た。

合掌造の古民家を再生したり、あるいは新築することさえあるかも知れないが、そういったものは歴史に点在する徒花であって、数寄屋造の普遍性にはとても敵わない。

建築様式と言うより装飾様式に堕している気もするけど。

ポスト・モダンと言われる現代で、数寄屋はどのように変貌するのであろうか。
(略)
「モダンでなければポスト・モダンではない。」というのが私の信条である。無闇とプレ・モダンがえりをして、自分にはモダンと違う確固とした軸があってモダンのようなはしたいことはしない、あとは歴史の蘊蓄と含蓄だ、などと考えてモダンを経由しないやり方とははっきりと線引きが必要となってくるのではないだろうか

昭和の初め、日本のモダニストは外人を招聘して、日本建築の中にモダンさを「発見」させ、自説を補強した。
そこから50年経った頃、ポスト・モダンの勃興時にも、日本建築の中のポストモダンさを気にする=自説の補強に使う人が居た。

これはもう、建築界に伝統として残る手法であり、あまりにもあざやかにキマったタウトという劇薬の後遺症なのだろう。

数寄屋は今、曲り角にきている。
千語、日本文化は大きな転換期を迎えたが、その影響、本質的な影響はその時よりもむしろ、今、起こっていると思う。
というのは、戦中、戦後に生まれ、戦前の文化を知らない人が、今、四十歳をむかえているからである。
(略)
マンションや公団住宅、建て売り住宅の中に残ってきた、一部屋の和室を四十歳以下の人間が今後残すのかどうなのか。
(略)

2000年から振り返ると、多くの場合和室は残っている。しかし、数寄屋らしさを表現する「床」は、ほぼ絶滅した。
著者が危惧していた時期に、バブルが発生して住宅価格が高騰したのも、追い討ちを掛けたかもしれない。

これは誰かに揮亳してもらって軸裝して掛ける、という文化の終焉でもある。
平成年代の有名人の掛軸、というのは非常にレアなものになるかもね。