南方録と立花実山10
「ふすべ茶湯」とは自然の風物を背景にして催す茶会であり、
土を掘って石を組んで炉を造り、また樹の枝に釜をつるしたり松葉や柴をくすべて湯を沸かすなど、季節によって場所によって工夫を凝らすところに妙味があるという最も野趣豊かな野点のことである。
松葉もくもくの焔で、松の枝に釣った釣釜を使うのがふすべの茶である。
南方録に、秀吉の九州征伐時の出来事として記載されている。
ふすべ茶湯と云ことは俗名なり。野がけのことなり。清浄潔白をもとゝす。大善寺山、または筑前の箱崎松原にて、休のはたらきに、松陰なるゆへ松葉をかきよせ、さは/\と湯をわかし、(略)
んで、当然著者のメスが入る。
大善寺山については、従来岩波文庫の「南方録」などにあるように福岡県久留米市の大善寺とする説が一般的であった。
しかし秋吉満著「『南方録』に云う『大善寺山ふすべ茶ノ湯』についての私考」(「茶湯」第一六号所収)は、秀吉の九州平定の順路を細かに検討した上で、次の通り久留米大善寺説を否定している。
それ以前に利休は秀吉と同行していないとか、刺激的な話がいろいろ。
南方録の欠点の一つは、九州に関する出来事が多過ぎること。
「どこかの誰かが書いた書物」が実山に渡った、というより、やはり実山周辺の「九州の人間」が書いたものなんだろうなと思う。