和菓子のデザイン

上生菓子のデザインに関しては、以下の二軸で分類できる気がしている。

まず、作る対象が具象か抽象か。つまり、作ろうとするものが具体的なナニカなのか、もっと抽象的な現象とかを表現しようとしたのか。

次に表現として様式化されているか、されていないか。ある表現に対し、お約束としての特定の解釈があるかどうか。

この二軸を組み合わせた四象限で考えてみる。

様式 非様式
具象 A B
抽象 C D

Aの具象的で様式的、というのは、なんらかの対象物を上生に写そうとしたもので、しかもある程度伝統的に形が決まっているものである。
例えば緑のきんとんに薄紅のきんとんたくさん載せて吉野山。緑のきんとんに紅のきんとんちょっとだけ載せてつつじ。赤練切に箆目を押した「牡丹」とか、はさみ菊とかもここだ。

Bの具象的で非様式、というのは、何かの物をお約束なしに表現、というものだ。同じ「牡丹」でも、伸ばした練り切りで精密に花弁を組んだりした、様式に頼らない写実に徹するものとかがここだ。

Cの抽象的で様式的、というのは、青練切にぐるぐる渦巻で「水ぬるむ」とかだ。秋の茶色浮島、夏の錦玉羹など色合いとかだけで季節感を出してみましたー、みたいな奴もここだろう。

Dの抽象的で非様式、というのは、お約束に頼らず現象とかを表現したものになる。お約束に頼らないので、例を挙げづらいが、今月の「昨日の菓子」でいうと、「春かすみ」とか、「誘われてとか」がそれにあたるだろう。
でも、茶菓子の世界は謎解きなので、それが何かを客に判ってもらわないといけない。
具象を菓子に写すか、抽象でも様式で表すかするならともかく、抽象的なものをお約束無しで「自由に作っちゃった」というのは理解を得られずはなはだ危険である。
つまり説明されないと判らん、という可能性が結構高い。でもこの領域が一番面白いと思うんだよなー。

あと、実はABCDの外側に「何も表現しない」あるいは「その菓子である事が存在意義」という菓子類がある。前者は「鹿の子」とか。後者は「水無月」とか。この辺は味勝負とか、出すタイミング勝負。創造力とは関係ないので上生菓子のデザインとは無縁、としとこう。

塩瀬はAとCが得意だ。
榮太樓はAとD。でも明らかにDにリキが入っている。
深川伊勢屋はBとDが多い。
江戸風御菓子司長門はB中心。

こんな風に和菓子屋を評価しても面白いと思う。