千利休の創意

矢部良明/角川/1995年。

2008-12-18に紹介した「茶人 豊臣秀吉」の前作。

山上宗二記に於ける「唐茶碗スタリ」の、廃った唐茶碗とは何を指すのか?
天正十四年を境に、他会記に見る利休の茶がどう変わっていったのか。
紹鴎の創意を復活させたのは利休か?
国焼茶入と棗、墨跡、釜、竹花入。そして茶杓。炉の大きさ。どの創意が利休の創意か?

…等を会記と資料をベースに検証して行く。

特に山上宗二記の読み解きは非常にスリリングである。そうか、天目と曜変は茶碗には含まれないのか…。

これらから導き出されるのは、唐物名物を持たない「侘び」を、千利休がどのような創意で助けたか、という善意の物語である。そう、唐物を持つ少数のエリートの為の茶を、貧乏な大衆にも解放した男の物語。

しかし、厳しい美意識のあまり、高価な楽焼を創始してしまい、同時代的には志野や織部の美濃茶碗に駆逐されてしまった悲しい創意の物語。

面白い。

面白いんだけど、歴史資料だけから追った茶人 千宗易は人間的な魅力には欠ける。また、その善意の源泉がどこにあるかも判りにくい。
だからこそ「茶人 豊臣秀吉」が書かれたのだと思う。

千利休の創意―冷・凍・寂・枯からの飛躍

千利休の創意―冷・凍・寂・枯からの飛躍