茶道四祖伝書11 三斎公伝書 俗説いろいろ

信長に簡略化した台子を教える話:

信長殿ニハ台子ノ茶湯ヲモ天王寺屋宗及教えたり。然共、(易)口を聞候由被及聞召候て、被召出台子ニて易被点候なり。
信長殿は立ながら御覧被成候なり。三所手違いたると被仰せければ

紹鴎が茶室開きに利休を呼んだら得度して宗易になって来た話。

紹鴎茶を利休望ても久々得不得呑候。
(中略)
即名を宗易と付て行なう。

利休の切腹は娘の話が原因。

利休身上相果候ハ、木下祐桂(略)
秀吉公祐桂ニ、此中ハ何事か珍敷事有之と被仰候へバ、利休娘之事を申上る。
(後略)

三斎公伝書には、 細川三斎が茶席で語ったこういうゴシップの記録が残っている。

これらの情報が真実なのか、それとも三斎の嘘なのか、それとも久重の嘘なのか、書写中に尾ひれがついたのか、正直識別しがたい。でも本当なら、利休に近い時代に、利休に親しかった人の発言としてはとても重いと思う。

でもさ、三斎。おまえもうちょっと茶席の話題を選べよ…。