益田鈍翁 風流記事3 狸香合
大師会でのできごとから。
柴田 大正十二年のことで、お客が席中で交趾の狸の香合を
割ってしまったんだ。
香合を蓋と身を一緒に持ってしまったのです。そして
底を見たわけ。
そんなことをするから、身の方が落ちたわけ。
運の悪いことに板床で、帛紗を強いておいてあったのを、
鷲つかみにして底を返したんだ。パッと身が落ちたら
二つに割れてしまった。
大寄せでは起き得ることとはいうものの、道具の格が高い分恐ろしい。
鈴木 どなたの席だったのですか。
柴田 大阪の戸田さん。
(中略)
もしも、これが井上侯や馬越さんの持ちものだったら、
なおさらどうすることもできないんだ。素人なだけに
やっかいなことになる。
その点、相手が道具屋だっただけに、なんとか話が
つくかもしれんというので、内密に急いで、片を
つけなければならないということなのさ。
鈍翁や箒庵が知ると、騒がれて大きな話になったり派手に書き立てられたりして納まる話が納まらなくなる、っていう道具屋同士の緊迫感のあるやりとりがあったらしい。
柴田 しかし下手に聞いて、いくらいくらだといわれて、
壊した人が払えないといったら、これまた面目
壊まるつぶれなんだ。
(中略)
そしたら先方は、自分の粗相だから、どんなことが
あってもおっしゃる通り求めさせていただきますと
いうので、話の決着がついたんだ。
壊したものとしてはそう言わざるを得ないだろうけど、金額によっちゃ人生が終わっちゃうよね…。
柴田 これには後日談があるんです。
しばらく経ってから、香合を買った人がね。
傷物でもなかったら、わたしなんか一生持てるもの
ではない、家宝ができて幸せしました、
といったというんだな。
…いい話?なのだろうか、ひょっとして。
でもまぁこういう経緯で道具を入手する、というのはやっぱりご勘弁という感じだ。
生きた心地しないだろうからね。