懐石料理とお茶の話 八百善主人ものがたり8 志野

志野茶碗について。

筆、(中略)
あの荒川豊蔵君が今日では志野焼の家元みたいに、無形文化財に指定されましたね。
贋物を作っていて文化財もどうかと思いますがね。
主、荒川のものは今日では随分高いのですよ、本物とたいしてかわりません。

荒川豊蔵について、同時代の人間の評価が(やっかみ含みにせよ)かなり低い、というのが意外でした。

筆、(中略)
昔志野の茶碗は六十以上にならないと使いこなせぬものとされていました。
又時候から云うと雪の降る頃、つまり十二月、一月、二月と云う頃です。
大体志野が厚手であり、おおらかであり、色が白くてそこに赤味がさすと云う色合に中に緑のお茶がたてられるのですから、寒い頃に掌に居れて楽しむ茶碗です。
処が今日では夏だろうが秋だろうが志野が出ていればよいと云うことになる。
又若い人でも御婦人でも使う、これは老と云う言葉がふさわしくなつて来た人が寒い日に室内がぬくもつて居る中で何気なく使うと云う処に志野茶碗の生命があるのです。

主、そうですね、志野はあの白い色と赤味が生命です。ですから昔は今日で云う鼠志野と云う逆の手を尊びませんでした。処が今日では全く逆です。本当にわかつていないのですね。

志野は白い方がやはり良くて老人向けか…志野が老人向けって話はどこかで聞いた事があるが、茶色の着物に紫の帛紗とかと同様の扱いなのだろうか。

…まぁいいや。

似合う様になるまで待ちゃいいんでしょ?
時間が解決してくれる問題だもんね。

「××という道具は若いうちしか使えない」とか言われるよりよっぽどいいや。