永昌坊止樂と號して、京都四條東洞院に住してゐた。
山名氏の家來で、家貧しうして而して風雅の心ふかく、茶をばたゞ、所謂清貧のうちに晏如としてゐたのである。
(中略)
一生涯貧に安んじ、富にへつらはず、世に時めける人達ちの己れを召すのをも悉く斥け、茶の湯に心を洗ひ神を養ふてゐた。
この本での松本珠報は極貧の侘び茶人として紹介されている。松本肩衝の話は出てこない。
でも後に奈良松屋さんちに売られ、松屋肩衝となった松本肩衝の所有者が、極貧なわきゃーない。
山名氏といえば非常に有力な守護大名。その家臣なのに「世に時めける人達の」じゃねーし。
この本いったいどうなっておるのか?