へそ茶4 茶室の被告

馬越翁は茶室以外にては磊落不羈の快男子なれども、一旦茶席に入る時は謹直寡黙なる全く別人の如く、其言葉の節々も改まりて人より物を問はるれば、ハツハツと平伏して手をモヂ/\しながら低聲に返答し、殆んど相手の顔を見上ぐる能はざるが如きの所作ありて、同人間にても不思議に感じ、如何にもして此凝固りを解き去らんと試みて、失敗したるなどの奇談もある程なるが、

馬越化生は茶室内では何故かオドオドした対応をする人で、周囲も直そうとして失敗した話がある、という程らしい。

高谷宗範は元と裁判官にて其後辮護士と爲りたる人なれば、茶室の應對にも、動もすれば本職の語氣を洩らして訊問的態度を取る事あり、

逆に高谷宗範は裁判官出身で、語気の荒い人だったらしい。

此兩人が櫻川茶寮の一室に會して兩々相對したる事なれば、其掛合ひ臺詞の奇異なること前代未聞にして、判事宗範の訊問は、例へば『茶碗の銘をは有來と申すか、して其傳來は』と威丈高に問へば、被告たる主人はハツハハツと平伏して、手をモヂ/\しながら暫時答ふる能ず、頓て思ひ切つて相手の顔を見上げ『是れは素白の手で加州家に其本家がございますヘイ/\』と云ふが如く、茶室は忽ち法廷と變じて、判事と被告が問答するが如き有樣なりし由なるが、雙方當人は今も猶ほ氣付かず、唯水屋に控へたる手傳人が襖
越しに此問答を聞いてクス/\と笑ひを洩らしたるのみなりとぞ。

おかげで亭主馬越化生、正客高谷宗範のこの茶会では、賓主の問答が裁判の一幕、それも亭主がなんか後ろ暗いところのある人みたいになってしまった、というお話。

教訓は…ない。かろうじて言うなら客組の問題と言えなくもない。でも賓主共に気になってないならそれでいいじゃん。