へそ茶8 裸體で茶の湯

藤谷宗中宗匠は加賀の人なり、
(中略)
其名未だ世に知られざるが爲め、門に來る者は誰彼となく教授せし中に、俄富限の出來星紳士あり、
(中略)
酷暑中來りて例の如く稽古を始めけるが、元來肥滿したる人物なれば苦熱に堪へず、時に宗匠本日は別に相弟子も居らねば、失敬して裸體にて御稽古を願ひたしと云ふ、

まだ無名の藤谷宗中は、客を選ばなかった。

そこに来た成金の弟子が、暑さに耐えかねて「お稽古させて下さい、全裸で」と言い出した。


…現在の裏千家業躰に藤谷宗等という人がいるが、血縁だろうか。

固より無作法とは思ひながらも、流汗瀧の如くなるを見て餘りの氣の毒さに、左らば御勝手に爲さる可しと言ひしに、出來星先生大いに悦び、猿股一つとなりて稽古に着手したるは宜かりしが、扨て袱紗を何處に挟む可きやまさかに猿股にと云ふ譯にも行かず、是れにはハタと當惑して如何せんと思案の後、宗匠名案が御座いますと一旦水屋に引下がりければ、

あまりに暑そうなので、宗中も許してしまった。
なんとその弟子はパンツ一丁になってしまった。

しかし、袱紗を挟む場所がない。その弟子は「ひらめいた!」とかいって水屋に戻っていった。

彼に如何に袱紗を始末するやと見てあるに、頓て茶碗を捧げて徐々と立出る其樣は、手拭にて、頭に向鉢巻をなし、其鉢巻に紫の袱紗を挟みたる風體、殊に肥滿の男なれば一層不恰好にして何とも言い難き可笑さに、宗中宗匠も思はず其場に絶倒し、其後暑中の茶事に出逢ひば、其可笑さが眼前に浮みて獨り失笑する事ありと云へり、

どうするんだろうと思っていると、手拭いを鉢巻にして、そこに袱紗を挟んで出てきた。

全裸デブ助六ファッションに宗中宗匠は絶倒し、以後何年も思い出し笑いに苦しんだ。

…。

教訓は…教訓は…いや、ないか、さすがに。