中国と茶碗と日本と4 龍紋

中国ではポピュラーな龍紋。日本ではちっとも流行らなかった。

著者は言う。

日本には元来、龍がいなかった。日本の龍は中国から渡来したものである。
(中略)
だが、日本人の中国龍に対する受容はこれ以上の展開がない。日本の天皇は太陽神とされているために、中国龍の入り込む余地がなかったのである。
日本人は天皇に関しては中国の「龍」を受け入れようとしなかったのである。

ちと違う気がする。

中国人に取り、天下は天意が与えるもので、天の代理である皇帝も、天意がなければ只の人。只の人も天意があれば皇帝になれる世界なのである。
最初の皇帝である秦の始皇帝の治世で既に「彼、取って代わるべし」と項羽に言われてしまう様な世界。
それが中華である。

日本には、天皇に取って代わる、という発想は無い。天皇になれば最大権力者である、ということもない。

だから「いつかは自分もなれるかもしれない」龍という象徴は日本には必要がない。

龍の模様は、天意があればいつか皇帝になるかもしれない自分の象徴である。

十六菊花紋を道具に染め付けたとして、天皇になるかもしれない自分は想像できない。

そこが違いではなかろうか?