戦争と茶道

佐伯太/増進堂/1944年。

佐伯太は昭和18年に「お茶」という本を出版している。
http://d.hatena.ne.jp/plusminusx3/20110716

戦中の紙配給と出版統制の中で、どういう力関係で連続2冊も本が出せたのだろう?結構疑問。


内容は茶史の本だが、文化論的でもある。

茶の湯の勃興には鎌倉文化=禅が欠かせないわけだが:

かの平安末期の下克上は、平氏によつて一應新態樣が齎されたかの如くに見えるだが不幸にして平氏なる新貴族は、最初から既に藤氏化してゐた武門であつた。
(中略)
だから折角誘導したかのごとく見えた新態樣も、實は依然たる王朝藤氏の文化圏から蝉脱するものではなかつたのである。
(中略)
平氏に代つた源氏としても決してこの例に洩れるものではないのである。
(中略)
殆んど傳統と稱してよいほどの、王朝文化への憧憬れて捉え得なかつた蜃気樓にも似た眩惑が、既に實權を掌中に収めて、天下に為し難いもののなかつたに拘らず、いつまでもそうさせたのである。

平氏は貴族化したが、源氏も同じ傾向があった。
確かに金槐和歌集を貴族化と考えれば、源実朝も柔弱と云えば柔弱。

もしこの状態が永續したならば、爾後の文化の形態は、よほど史實を異にしたものであつたらうけれど、等しく鎌倉時代と稱しても、源氏の血統の全く絶え果てた後は、
(中略)
ここに純日本的なる内容をもつものの成立を來したのである

つまり、「源氏の血統が滅んで、相模しか知らない野卑な北条氏が実権を持ったから武士の文化が熟成した」という事か。

面白い視点である。