茶道聖典14 茶湯百箇條目録と多田宗玄傳利休百箇條

茶道四祖伝書にも収録されている茶湯百箇條目録。
実際には72ヶ条である。

懸物かけ候儀、第一すぐ(直)に。同く掛けひずみ候を、何れの床にても軸先を下げ申すべく候。

正直つまらない。そりゃ掛軸はまっすぐだろうがよ。
ほかも「座敷の出入りは静かに」みたいなどうでもいい教訓である。


茶道全集収録の多田宗玄傳利休百箇條。利休の家臣?多田宗玄が利休の死の時に持ち出したもの…という事になっている。
実際には75ヶ条である。

一、客の氣を見る事。
一、客より詞をかくる事、返答うつ事大事也。
一、道具書有る事、目づかひ大事也。

同じ百ヶ条でも茶湯百箇條目録とは全然違う内容。
こっちの方が面白い。

一、湯を汲み、水をくむ時、いの聲、はの聲、ちがふ也。
一、茶入よりくみ出す、はの聲いる。
一、茶入置くにも、との聲いる。
一、釜を上下(アゲオロシ)するにも勝手次第、ちの聲、さの聲いる。

たぶん呼吸とかタイミングを「聲」として扱っている。
各聲の内容は以下の通り。

一、いのこゑ 諸道具に、引取にそれ/゛\に使ふ也。心もち専一なり。
一、はのこゑ 諸道具に、出だすにいる聲なり。これも右の心もち也。
一、さのこゑ 左の樣に使ふ也。いきこみ入れて、少し節より上にて右の片腹へかうで(へこむ也)見を巡してつかふ也。置きたる物に、まがねに成るやうに。
一、ちのこゑ 是は右の樣に使ふ也。息ごみ入れて少し節より上にて、左の方片腹へかうで身を廻して使ふ也。置きたる物にまがねになる樣に心得べし。
一、とのこゑ 道具置くに、口の内にて、意にて、とつと心にやるに付て置方切かされ候。能々心得専一に候。
一、ちのこゑ 器置くに、口心にて、もうと切ればきれ候物ごとに、きれよく御座候、能々こゝへ専一に候。
一、けんのこゑ 柄杓又は、釜、蓋、花生、道具取入候、これも口の内にて、けんの聲を使ひ候へばまるく見え申し候。

判りにくい、というかこれを読んでもわけが判らないよ。
さの聲とちの聲は左右以外は同じ内容。字形が左右対称だからだろうか?
でもちの聲が二つあるのは変だ。

一、服は、茶ねばらざる樣にたつる也。

昔の濃茶は薄かった、という事が判る一文。

一、朝の客は、手水つかはず、晝の客は手水使ふ也。

昼茶事が一般化した江戸時代の書ではないか、という気もする。


でもまぁ、割と精神性を感じにくい内容。南方録が爆発的にヒットした理由も判る気がする。
やっぱ読むなら「これは奥が深いんじゃないか?」とか思いたいやん。