禅茶録11 総括
禅茶録全体に体する結論。
禅茶録は禅と茶のかかわりを書いた書物である。
短いし禅側が我田引水しすぎな気もするが、その主張は理路整然とはしている。
- 俗の茶はよろしからず。南方録の紹介する茶にも俗の茶は含まれている。
- 茶の湯は禅の修行になる。
- 茶の湯のパーツパーツには禅の意味が有る。
- 茶と禅を一致させるには禅の側の修行が必要
- 禅ができれば何も困らない。
茶の湯をやっていれば禅をやってる事になる…といった勘違いを正し、禅をやるには禅をやらにゃならん、と言っているのは好感が持てる。
逆に禅をやってりゃ正しい禅茶になる筈…みたいな逆方向の思い込みがあるのはどうかと思わなくもないが。
禅茶録の出版されたのは1828年。利休死後200年以上が経ってから。
つまり、利休死後100年を記念して発見された?南方録から更に百年以上経っている。
書物的には南方録が利休の聖典扱いされ、さらに実山の壺中炉談すらも南方録の一部として流布されている様な状態。
しかし社会状況としては侍は経済的に困窮し、その為に表千家と商家を中心に茶の湯が廻っている様な状況。
こんな中で「聖典南方録」でも解決できなかった侘び茶への回帰を果たすにはどうすればいいか?南方録の思想書面を更に先鋭化させた禅茶録が出るのは必然だったのかもしれない。
その為に聖典である南方録すら部分的にだが否定している。
でもま、実山や寂庵宗沢が考えてた「利休へ帰れ」「禅茶」「侘び」というのは、大いなる勘違いで、実際には「コップの中の貴族性」に過ぎないとは思うけどね〜。