茶の世界史3 茶と砂糖

ところが、茶に砂糖を入れる飲み方は、イギリス独特の飲み方である。
イギリスにおいて茶がくすりではなく、飲料として愛飲されるようになったきっかけが、ポルトガルから嫁いできたキャサリン王妃であったことはさきにのべた。
ところがキャサリンが船に乗ってイギリスへ輿入れしてきたとき、持参金として銀塊をもってくる約束であったのに、砂糖をバラスト代りに積んできた。
これにはチャールズ二世も驚いたが、当時砂糖は銀塊に匹敵するほどの貴重品であった。

茶に砂糖を入れて飲む話のスタートは、イギリス王室の広めた風習。

これだけだとまぁいい話なんだけど…。

茶(コーヒーも含めて)が補完財として砂糖をもったということは、イギリスの近代史を非人道的かつ残酷なものにした。
(略)
砂糖きび栽培には高額の資本と熱帯下の苛酷な労働に耐えるニグロ奴隷を必要とした。
(略)
そのためにイギリスは一六六三年、王立アフリカ冒険商人会社を設立し、やがて一六七二年にはこれに代るものとして王立アフリカ会社を設立、驚くべきことに王室自身がこの非人道的な奴隷貿易を保護し参加したのである。

という話と、

銀流出の問題というのは、イギリスが中国から購入する茶に対して、見返り品として適当なものがなく、全体にかなりの片貿易になっていて、その決済手段として銀を持ち出さねばならなかったことである。
そこで採用された政策が、インド植民地を媒介項にして、インドの産物、原綿とくにアヘンを中国に輸出して銀を獲得とする方法である。

という話を考えると、イギリス王室酷過ぎるとしか…。