詩集利休6 高山右近

高山右近


涼然と聳えてゐる
秋風の中の大城 天主閣
いづこへ 旅く鳥らなるらむ
わたる群鳥が 鳴きつれてやがて霞む


茶室の中に 宇宙大の圓が描かれる
なんといふ ひろい心だ
なんといふ 高い信だ
なんといふ 深いめぐみだ
茶室は主客を容れたまま
金色の浮御堂のやうに
大氣海に うかびいづる


灯が ともつてゐる
雙瞳がぢつと 明りに背いてゐる
闇をみつめてゐる
右近よ 顔をめぐらせよ


何をみてゐるのであらう
何をみて 何を捉へたのであらう
悲しみの根を 見たのかもしれない
よろこびの果實を 知つたのかもしれない


ふりさけみれば はるかなる
永遠の巡禮者の中に 彼が在る
道 道 道 遐なはるかな道


遠い戀だ 雲幾重にして心は近し
なんといふつよい 烈しい想思であらう
在天の臨在者への 熾なる愛墓
火も 水も 劒も 焼かず 溺らせず
殺し得ぬ大愛だ


右近よ 黒潮の果に
波のうへに墳墓がある
懐郷の渚に寄する 魚介は
松の木の國への 回遊を約する


風のさびしい海邊に
御國を想ふて 大刀杖の立ち姿
歌ふ雲を 見てゐる
想ひに富んでゐる

「涼然と聳えてゐる」の連。
右近が晩年キリスト教を棄教せず、日本を出たことがこの詩の主題である事を告げる。

「茶室の中に」の連。言葉を重ねても重ねても、まったく壮大さが出ないのは困った物である。

「遠い戀だ」の連。クリスチャンである著者の思いが込められている…のだろう。たぶん。

「風のさびしい海邊に」の連。望郷の右近。
とは行っても、右近はマニラ到着後すぐ病気になって1ヵ月くらいで死んでるんで、あんまり望郷してる暇なかったかもね。