喫茶南坊録註解9 カネワリの問題点
曲尺割(カネワリ)は、南坊録最大の秘事、ということになっている。
道具を等分した畳のポイントにどう置くか。
置いた道具の丁半をどうカウントするか。
そういう技である。
でも、これって亭主主観であって、多分、客には判らない。
客座からみて「あ、二のカネの峯摺りだわ。名物ネ」とか、判別つきずらい。
置き合わせが有れば拝見できるかもしれないが、運び点前だとそれもできない。
客にわからないことを自分で律して守りつづけるのは禅の修行としてはいいのかもしれないが、効果としてはどうか。
さらに、カネワリの基本ルールで判別できるのは、道具が名物かどうかでしかない。
大抵常のものだし、そもそも名物なら扱いからして変わるので、カネワリの違い以前に判る筈である。
そして、応用ルールでコントロールできるのは「茶席の陰陽」だけなのだ。
陰陽程度の制御では、「趣向」の持つ力に勝てない。
「待合の軸は××。それにちなんで茶碗は○○茶杓の銘は…」と、大模様のストーリーを演じさせてるトコに、「この瞬間は道具が陰になるから陽の道具で反転させて」とか、ちまちましすぎてお客に何も伝えられない。
そして最大の問題。
曲尺割に従って道具を配置すると美しい配置になる、という保証が全然無い。
面倒な割に美的効果が特に無く、呪的なコンセンサスも得られないというのが、カネワリの問題なのだと思う。