野狐禅
近重眞澄/人文書院/1929年。
幹利休の遺偈の話で知られる近重物安の禅に関する昭和4年のエッセイ集。
武者小路と縁の深い著者なので、お茶の話があるかと思ったが、残念。無かった。
昭和17年には「茶道百話」を出しているのだが、まだこの時期にはお茶はやっていなかったのかもしれない。
なので、ちょこっと面白いトコだけ。
今日諸方に食堂といふものが出來た。便利な樣であるがどうも一つ私は氣に入らぬことがある。
それは今日我國の食堂ほど禮儀のない而して不潔な所は世界中に何處にもないからだ。
何所の食堂に入つても客は大抵帽子を被つたまヽやつて居る。
而して新聞紙を食卓の上に披げ煙草の灰はちり放題。
かヽる亂脈な食堂は士君子の家庭にない筈である。
歐洲では食堂は士君子の行儀の養成所である。外では亂暴な人でも食堂では行儀を良くし相互に樂しく半日の餓を醫するのである。
現代でも事情は変わらない。
ファミレス的な所にDQNがたむろするのはどうしようもない事で、ジャケットネクタイで入らなきゃいけないレストランと一緒にしちゃあそもそもいけない。
全ての場所にクラス感を期待するのは、近重さんがわりかしハイソの側にいたからじゃないかなー。