けいこと日本人9

坂東三津五郎さんとは大変懇意に願っていました。
あるとき「困っちゃいましたよ、こないだ名取試験を地方でやったのですが、あまりひどいのを落っことしたら、親から『七十万も取って置いてなんだ』と強烈な抗議が来ましてね。私は車代として一万円しか貰っちゃいなかったんですがせねぇ」とこぼしておられました。
芸能界の金の流れぐらいわからないものはありません。

なんともいえないお話からスタートします。

実業界なら、同じ品物なら安いほうが良い、同額なら親切な店に行くのが常識ですが、稽古事の社会では、自分の実力とは何のかかわりもない、先生のその社会での地位というものが高い価値があり、えてして不親切で威張っている先生のほうが月謝や会費が高かったりします。

家元直門つったって、普通は家元の直接指導受けれない方が多いと思うし、ここは「家元直門」という立場に料金を払っていると思うしかないのかもしれません。

看板となっている家元を始めとする大家方が、個人的にはいかに人格高潔で金銭的に淡泊でも、それをかつぐ人が看板を利用してかせぐ商法を阻止はできません。
かつぐ方は、大金を貢ぐかわりに、すべての非難は「家元にこう言われたから」「こういうしきたりになっているから」と看板になすりつけています。いわば「玉座をもって胸壁とし、詔勅をもって弾丸に代えて」の戦前の天皇制利用の筆法と同じです。
かつがれる方も、それを百も承知で利用されているのですが、あまり度外れた収奪がよく世間の指弾を浴びます。
それでも、直接の師匠から始まって、同輩・先輩・大師匠・家元まで一つ穴の何とやらで、しかもその部分々々ではそれほど膨大な金額ではないだけに、ひどいことをしているという意識は全くないのです。
同輩に配った分け前は、いずれ自分がむこうの会を手伝う際に返して貰えるし、税務署の手のとどきにくい金だけに、この旨味にどっぷり浸ってしまうと、金銭感覚が世間と狂ってしまうことになります。

なるほど。

明朗でなく証拠も残らず、自分もやられてきた分取り返しているだけ、では罪の意識はないでしょうなぁ。というより「そーゆーシステムが悪い」のであって、個人に罪はない。そうなると「そーゆーシステムを許した家元が悪い」になるので、それこそ看板へのなすりつけは正当です。

銭ゲバにしか見えない前家元とかでも、本当は清い善意の人でしかないのかもしれません。…ないか。