けいこと日本人15

稽古事に免状はつきものです。
これは一部を宗家・職分家に免状料として納付するほか、伝授料・肴料・扇子料などが師匠個人の所得になり、とかく不労所得目当ての押し売りが問題になります。
(略)
免状そのものは「何を教えた」という証明書なので、それが完璧にできるという保証書ではありません。

それは「許状」じゃないかな。「免状」は本来は「それをする能力が有る」人に渡すものだと思う。

まあ私は台天目の免状を持っていますが、台天目やれと言われたら弱っちゃうから、上の定義でいいのかもしれませんが…。

戦後すぐの頃、将棋連盟の理事が資金集めのためにアマチュアの初段・二段クラスの免状の大乱発をやったことがあります。
もちろんプロの棋士から「いくら素人とはいえ力もない者に初段とは」と大非難が浴びせられました。
発案者の理事(実業家)は少しも騒がず、「免状を読んでから言ってくれ」。なるほど免状には「斯道に貢献」とか「人格優れ」とはあっても、「将棋が強い」とか「勝率何割」といったことは毛一筋もないのです。プロ棋士のは「技芸ますます上達」といった文句があって、はっきり力の評価とわかりますが、アマチュア用のは要するに斯道のために免状料という名の寄付をしてくれて有難いという意味の感謝状と見た方が正しいのです。

興味深い。

茶の湯にはアマとプロはなくて、みんなプロ指向のカリキュラムを学び、大抵の人は教えることも茶事も一回もせずに終わってしまいます。

茶の湯にも、プロを目指すなら茶事を何回、とかないんですかね?

能の免状も実はそうなっていて、素人向けのと玄人向けのは書式が違っています。
アマからプロに転向した場合、それまで取得した免状は、無効ではないが凍結され、改めて師匠から許されるまで上演できません。

こういう資格の二重性は非常に興味深いですね。

侘び茶と式正茶でも二重性があっていいような気がします。