数寄屋図解事典30

ゆうげつてい(幽月亭)

小田原市板橋、掃雲台にある益田鈍翁好みの茶室。
(略)

現在、掃雲台は分譲住宅になっていてほとんど遺構はない。
幽月亭がどうなったかも判らない。

というかどの時期に掃雲台がなくなっていったかもよくわからん。
たぶん孫の益田義信が売っ払ったんだと思うが。

ゆうこうてい(幽香亭)

奈良市吉野山中ノ千本近くの桜本坊の書院に付属した数寄屋で、この建物のある位置は断崖絶壁の上で吉野中ノ千本桜を一望のもとに俯瞰されるように配され、
(略)
現在は書院とともに他に移築された。

残念ながらどこに移築されたかの情報はない。調べも付かなかった。

立地に意味のある茶室は移設された後で名前が変わるんじゃなかろうか?
淀看の席を淀川河畔から移築したら「淀看じゃねーよな」って気持ちになるし。

らくらくてい(楽々亭)

滋賀県彦根市彦根城内にある煎茶趣味の建物。
(略)

これである。
http://www.hikone-400th.jp/castle/learn/08_rakurakuen.php

井伊直弼の先代、井伊直亮の建てた茶室だという。

煎茶趣味は、明治に抹茶趣味が廃れて勃興した、というイメージで見ていたので、江戸後期に煎茶茶室があるとは驚きであった。

でも、考えてみると青木木米はこの時代の人なんだよなぁ。
煎茶器で食えて名も残せたんだから、しっかり煎茶道は確立してたはずだもんなぁ。