日本茶の湯文化史の新研究21

「うつくしき」について。

それでは美に対する称賛の語としての最も基本的な「うつくしき」は茶の湯の世界において具体的にどのような意味を持っていたのであろうか。
まず前述の「鶴嘴の花瓶」についての史料の中で宗及は、この花瓶を「かね一段うつくしく候、うつくしきハかりにて、こひたるかねのいろハなく候」と批評している。
紫銅のこの花瓶の銅の色は大変美しいと一応肯定している。
これをすぐに美しいだけで「こび」でいないと批判の言葉を記している。
(略)
すなわち、目だった美しさはあるが、落ち着いた「わび」の境地を表現していないというのである。

著者の真行草理論だと、「こび」は「草」であり「侘びの境地」なのである。
なので、利休鶴嘴は「美しいが侘びの境地にない」になる。

私の解釈だと「こび」は「地味なところに僅かに出現するアピールの美」である。
利休鶴嘴は「全体に美しく地味なところがないので媚びる余地がない」になる。

すでに引用した「宗及他会記」の「鶴嘴の花瓶」の宗及の批評の中に「うつくしくはなやかに、いふうニ見え申候」
とあることから永禄年代の茶人は「花やか」であることも「異風」なものとして認識していたことがわかる。

美しくと華やかと異風はそれぞれ関連があって「乍去、よわきやうニハ見え不申候」
とあるから、美しく華やかで異風の場合弱く見える事が多いわけか。

この辺の関連性は難しいなぁ。

本来「正風」なものは綺麗で美しいと思うんだけど、永禄頃になると侘び茶の流行で「美しい」ものが「異風」すなわち「正風でない」ことになっている、と考えていいのかな?