竹窓茶話

石黒大介/國民出版社/1944年。

戦況悪い頃に出たお茶に関するエッセイ。

内容がのんきなのは現実逃避の為か。

そんな中から「品水」の章をご紹介。

茶は水を撰ばなければならぬ、天下に水は多いけれども、さて良水は得難いものである。
(中略)
皇國は、山川秀麗であつて、水も亦た到る處清洌であるのは、ありがたい國土といはなければならぬ。
(中略)
天王寺水は、逢阪水とも云ひ、天王寺西門の湧泉であつて、浪花第一の名水と稱えられた。
(後略)

大阪の水というと、子供時代に味わったゲロまずい水道水を連想してしまうが、名水がないというわけではないらしい。

で、これを読んでいて気になった事。

堺の茶人達にとって「水」とはどういうものであって、「名水」とはどういうものであったのだろうか?

京の茶人にとってはわりかしその辺でぽこぽこ湧いているものに過ぎないが、堺なんて港町で水がいいとも思えないし近隣でそれほど有名な名水もない。

となれば名水点の価値は京の茶人よりずっと高かったのではないだろうか?
逆に言うと、名水点の名水は、天王寺あたりよりも京あたりにあって労力掛けて取り寄せるものであった方が面白かったのかもしれない。