利休居士の茶道3 雪吹

雪吹について。

これは大小あつて、利休が或る時に棗の上と下の面を取つてこしらへ、之を大徳寺の春屋國師に見せて批判を乞ふた處が、大變この形が面白いと云ふ事で雪次と云ふ名を之に附せられたが、これは恐らくその自分にもあつた雪を入れる處の器物、雪次と云ふ器に似て居たものであつたらう。
處がその後になつて雪次と云ふ器が世人の記憶から失はれると同時に次の時の冫が口偏に誤られて、之をば雪吹と誤讀せられる様になつた。
(中略)
大体棗の上と下との二つの面が取つて出來上つたものであるが、その形は上が大きく、下が小さなのが正しいのであつて、且つその腹の眞中の處が膨れて居るのが正しいのである。
(略)

雪次という字が雪吹に転化した、という珍説だが、雪次という物自体が証明できないのでなんとも云い難い。

吹雪と読むが上下をひっくりかえしてもおんなじなので雪吹と書く…という通説の方が面白いは面白いが、そもそも面取りした中次を吹雪と称する根拠が弱いので、こっちの方が一応の説明にはなっている、のか?