茶の道五十年
佐々木三味 著。
この世界、いろんなロングセラーがあるので、その著者がどれくらいの年か、存命か判らなくなる。えれえ長生きだな、と思っていた小田なんとかさんが、小田栄作(雨畦)と息子の栄一の二人居たのに気付いたのは最近*1だったり。
佐々木三味もそう。想像以上に昔の人だった。淡々斎と同い年。思い出話が円能斎時代からスタートする。五十年前の茶の道五十年、である。
三味さんが茶道界に身を投じたのは、現:京都新聞の若手で、高橋箒庵の茶会記の対抗馬として記事書き始めたからだったとの事。何その究極VS至高、みたいな世界。
三味さんの語る「ほんとうの茶人」とは:
それは常釜を懸けている人と、各種茶事の亭主を、少なくとも百回以上は経験ある人を指す。
きつっ!そりゃきっついですよおじいちゃん。
で、大正から昭和の茶道事情と交遊が必要以上に詳らかに語られる。どこでだれが月釜懸けていたか、とか。
それだけではなく、その懸け釜がどのくらい続けられたのか?ということもまで書いてある。きっつい。
…にしても北村さんが全然出て来ないのが気になるなぁ。京都にいなかったのかなぁ。
初釜について:
初釜は点初であり、また稽古始めでもあり、たいがいは松の内に催される。
(中略)
もとより稽古始めであるから、特別の人でない限り、社中だけで催す。
昔は三千人も集まるものじゃなかったってことね。初釜が大人数での社交行事になったのは昭和四年に今日庵が開始したことのようだ。
加藤檪庵、辻嘉一、浜本宗俊と一客三亭会という交替茶事を開いていた事について。
(前略)
この四人では遠慮なくズケズケとものがいえたのである。
道具の真贋についても是々非々主義であり、いたずらに巧言令色は用いない。
追従おべっかに上品ぶったベールをかけた当節の茶会というものが面白くないからである。
どうか三人でもよい五人まででもよい。研究したり議論をしたり、所信を披瀝し合って、打ち解けた中にも愉しい会合を持ってもらいたいと思うのである。
耳が痛い。と同時に、そういう茶友があれば、本当に最高だろうなとも思う。
得庵との面白茶事とか、逸翁の面白道具組みとか、読みどころ満載。もし手に取られる機会が有れば、是非御一読を。