『茶道長問織答抄』を読む8 柴手水

茶入拝見の時、手をぬくひ候事、利休の仕たるをハみさるよし御申候

南方録でいう柴手水。利休がしているのを見たことがない、と織部は言っている。

※ただし織部は「自分はしない」と言っているわけでもない。


この覚書が書かれたであろう慶長年代。

織部が利休を引き合いに出した、ということ自体、この時代から利休の神格化が始まっていると見ていいのだろうか?。

それとも単に天正の昔を引き合いに出したというだけのことだろうか?


後者であれば、織部は「昔は手をモミモミしなかったのになー、最近はなんでかやるよーになったよね?」という事を言っている事になる。

さらに時代が経って南方録では柴手水という儀式的な意味にまで成長してしまった。


江戸前期の茶の湯理論武装の様相がなんとなく伝わってきて面白いね。